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サベツって他人事じゃないんやで。

これ一回全部消えたからな。でも全部書き直すぐらいには真剣に伝えたいトピックなのです。読んでね。(ゴリ推し)

 

人種差別って聞くとだれもが黒人差別を思い浮かべるともう。アメリカの公民権運動なり、アパルトヘイトなり。あと、イスラム教徒へのislamophobiaとかは最近アツいね。もっとミクロの目でみると、irishとかaborigineとか、様々な形態があります。

 

わたしらyellowだって、差別されまっせ。

ちゃうで、戦時中のアメリカのconcentration campちゃう。21世紀の、2016年の、5月16日現在やで。

日本人(ってひとくくりにすんのは好きじゃないけど、日本人の両親をもって日本で生まれそだった人って意味合いです)は、この国はdemographically黄色いし、monocultureで差別を受けることなんてないしそんなんは教科書で読んでディスカッションでそれっぽいことをいうトピックであって他人事。「かわいそう」「こんな状況はすぐさま改善されるべき」ごもっともごもっとも。でも、あんた、差別ってどういうことかわかってます?あんたも差別される対象になりうるってこと、わかってます?

 

先日、economicsとgeographyの授業の履修者対象に、社会見学がありました。Kariakoo Marketという、市内の市場にいって、price discriminationのfield work.具体的にいうと、市場で価格交渉をするときに、人種や使う言語でどのように価格が変わるか、っていうことを実際に体験してみよう!ってわけ。

私のグループは、

現地のタンザニア人の女の子

スワヒリ語ペラペラアラブ人

スワヒリ語おっけーインド人

スワヒリ語ちょっとはわかるインド人

スワヒリ語習い始めたばっかダッチカナディアン(白人)

スワヒリ語ちょっとはおっけー中国人

スワヒリ語?うーんわかんねえなじゃっぷ(私)の7人。

結果でいうと、ぶっちゃけ売ってる人による。でもタンザニア人がスワヒリ語で交渉すると比較的安い。(あたりまえだのクラッカー)

 

私が目をつけたのは、価格やなくて対応です。私と中国人の友達が歩いていると、高確率でchino!(スワヒリ語で中国人)っていわれたり、ニーハオっていわれたり。それも特に歓迎してる感じでもないトーンで。

周りの子はomg thats so racist lolっていってたけど、もう何ヶ月こっちいると思ってんねん、慣れました。中国人の彼は「べつにracistちゃう、they are welcoming us」っていってたけど、そういうわけでもない気がする。

ほかの人種の人はなにも言われないのに、私たちだけ言われる。これはどういう意味なのでしょうか。

 

ほかのanecdote紹介。現在、政権が変わって改革期を迎えるタンザニアでは、汚職を撲滅しようといろんなことが起こってます。これまではなんでもなんとなくどうにでもなるのがこの国のってか途上国のnormだとおもいますが、その流れがかわりつつある。

その一つが、労働ビザの規制強化。うちの学校の先生もビザが切れてこれないから自習、とかけっこうあります。はるか昔に申請したのに発行されてなかったようで、まあまだまだdysfunctionalやけどがんばってるみたいです。

そんなわけで法規制が強化され、たくさんの違法中国人労働者が強制送還されたそうな。

そんな中で、私の父の同僚の日本人の方が、近所の人に通報されたんだって。中国人がいる、違法に滞在してるんちゃうかってわけ。いや日本企業わりとしっかりしてるからそれはないねんけどな。

 

隣に住んでるだけで通報されるって、アパルトヘイト政権下の南アかよ。

 

これのすべての下にあるのは、やはり中国人に対する万国共通のhatred・prejudiceがあるんでしょう。あと、東アフリカのこの辺はアラブ・インド系の移民と白人入植者とは歴史的に長いつきあいなのに対し、黄色い人はなかなかこっちまでこなかったってのもあって、「違う」っていう感覚が色濃いのかも。

 

この状況で、多くの人は中国人が悪いってなるよな。中国人じゃないって言いまくってもあんたの人種は変わらんしインド人に間違えられる可能性と中国人に間違えられる可能性でいったら中国人に間違えられる可能性のほうがはるかに高い。しかもナイジェリア人とウガンダ人の違いを顔だけみて見分けれんの?無理やろ。じゃああんたもひとのこといわれへん、それと同じように見えるねんで。

じゃあ、原因を追究して批判してもそんな意味ないと思う。(もちろん中国企業はほうに従うべきであるのは間違いない)

 

「差別はだめだ!撤廃しよう!」なんて小学生みたいな結論は言いたくないです。micro-aggressionはそう簡単に断ち切れないし、無意識にやってる場合が多い。こんなブログ記事でそれが達成されるなんて思ってもないです。そんな簡単ならとっくにアメリカの黒人大統領は50年まえに誕生してるはず。

多くの国でwhite christian maleが文字通り無難に暮らせるのは事実だし、なれるもんならなりたいですtbh

 

現状に満足いかないからマイノリティーを批判しようって精神構造は何世紀たっても変わんないのが現状です。それのターゲットには、だれでもなりうるってことを忘れないでほしい。「日本人」だとそのことに無関心になりがちで、どこか他人事で机上の空論になりがちだから。当事者意識を持つことを通じて、一人でもちょっとなんかかわればいいのにね。 

 

 

 

 

 

日本の教育のまちがいさがし

前も長い記事書いたけど、また書きます。

ちょっと前に、地方の公立高校に通ってる子と電話しました。同じく高3だから、まあ次第に話は進路の方へ。

 

その子の高校は県内でも優秀らしく、いわゆる進学校のようです。たまたま興味が似てて、私が以前いきたいと思ってた国立大学を長いこと第一志望にしてたそう。ちなみに去年オープンキャンパスも一緒に行った。

でも今になってより真剣に自分にあった大学を探す中で、他の東京の私立大学が候補にあがったよう。東京の私大は高いから無理、ってずっと思って選択肢から除外してたみたいだけど、そこは留学中の奨学金も充実してるみたいで、下宿代・授業料・留学中の経済的サポートをすべて算出して比較したとこり、その国立にいくよりこっち私立のほうが安いという結果になったそうな。

そこまで比べた彼女がまだ進路の方向転換を迷ってたのは、「学校が…」

 

そう、学校。その子の学校は国立信仰ちっくなところがある(っていうか各家庭の経済的なアレもあるんだと思う)みたいで、ほとんどが国立志望、先生もそれを推すみたい。だから、私大は早慶でも苦い顔をされるんだとか。

あと、周りの目。ご存知の通り、私大は2月、早ければ2月に大学が決まります。でも国立は2次試験の結果が出るのは3月。しかも、センターで5教科受けなければいけない国立に対し、私立は3教科とかそんなもんですよね。

だから、3月まで、しかも膨大な量をこなさなきゃいけない周りに、申し訳ない、と。

 

これってものすごくおかしくないですか。

私のいた日本の学校はとてもliberalだったので、基本生徒のやりたいことをやらせる主義でした。海外いくにも、専門学校でも、就職でも。海外っていってもアメリカだけじゃなくて、韓国とか、将来の夢がホテルを経営することって子は、hospitalityの名門が揃ってることで有名なスイスの大学に。はたまた、犬が大好きで警察犬訓練士になりたいって子もいて、訓練士育成学校に進んだ先輩も。もちろん医学部とか国立を目指す子もいれば、内部進学もあり、とりあえず、「生徒の夢とやりたいことをサポートする」というのが第一前提でした。反対されたことはない。一緒にしらべて、何をすればいいか考える。

今のインターナショナルスクールでもそうです。なにがしたいか、どこに行きたいかは生徒のバックグラウンドによって大きく変わるので、とってもフレキシブル。ギャップイヤー取る子もいるし、ものすごくバラバラですが、夢ややりたいことを否定するというのは先生がすることじゃないです。親の経済的な要因で厳しい、っていうのは家庭のはなし。先生はあくまで生徒の第一を優先。

 

それができない教育環境って、おかしいでしょう。たかが高校の評判のために。いや、評判じゃない、数字か。だれもそこでのQOLはみてない。

 

自分の夢と目標にコミットできない社会構造というのは、将来にも悪影響があるんじゃないでしょうか。若い頃にやりたいことができなかった経験、やりたいことを探してそれにコミットする経験をしてないということは、創造性や積極性を失うきっかけになると思う。それは、仕事にするようになっても顕著で、絶対的に国力や経済力に影響すると思うよ。

 

オバマのWhite House Correspondents Dinnerのスピーチみた?buzzfeedでもそんなんいわんで、ぐらいのインフォーマルさ。he literally dropped a mic u know. 国のトップのクリエイティビティもそんぐらいないとだよ。日本にないのはああいうとこ。安倍さん残念やけどすなちゃが何かすらしらなさそう。話ずれた。

 

自分の将来のオーナーシップは自分にないといけないと思う。親が口出すのは当たり前だけど、周りの視線、はたまた学校のいうことで変わっちゃうようじゃだめだ。

それを推進してる今の日本の学校体制は、危機感をもたないといけないです。はっきりいって。

 

もっと固い教育の話をすると、IBだと教師のほとんどは修士号を持ってて、ってかそれがrequirementsみたいね。そういえば私の日本の高校もそうだ。院までいって、教育というものの重要性を熟知してる、いやそれだけじゃなくて、幅広く、かつ深い視点と知識があること、教養に富んでる人が教鞭をとることも重要なんだと感じた。特に高校教師は。

 

PS. 5月のアクセスがすでに70超えててびっくりしてたら、そっかUSHSDの二次試験よね、今日。前日に不安になってしらべまくったやつやなそれは。わかるで、私前日どころか初めて出会ったときにやっちまったやつやからな。たぶんでてくる検索結果全部読んだで。知恵袋含め。SNSで鍛え上げたストーキングスキルなめんなよ。どんな後輩りんごができるのかたのしみ、USHSD2k16に期待してます、皆さんに良い結果が届きますように。

このブログ読んでUSHSDの卒業生に幻滅したなんてどうか言わないで。メンタル弱いから。

generalisationの脅威

昨日ぐらいに自分の将来とか進路とか夢とか人生の目標とか語った記事を2500字ぐらい書いたのに、save as draftせずにページを閉じてしまったのでその記事はもうどこかへ生きました。萎えた。もう無理、それについてはもう書かんから。拗ねる。

 

だから、最近思うことをばーーーーって書きます。

ちなみに今は夜の9時半。最近はまってるシナモン入りココアに余ってたラム(ちゃんとアルコール飛んでるはず)入れてみたら私の世界で一番すきなお菓子・Rummyの液体バージョンみたいになってご満悦なんでペンが(指が)進む。

 

なんで、人は、一般化したがるの。なんでgeneraliseするの。これは前に書いたDanger of Single Storyでもちょいと出てたね。なんで、一人の人がその集団の代表になるの。なんで?

 

これは、いつも私の親の会話を聞いて思ってること。よく出先でアジア系の人を見かけると「あれは韓国人だ」「あれは服装からして中国人だ」とかいう話をしたがります。「みさの学校のインド人の子はみんなものすごい金持ちなんでしょ?」「中国企業が何も考えずに労働者を送り込むから、現地の人の仕事がなくなってる。中国がアフリカの発展を遅らせてる。」

なんで、国で分けたがるの。なんで国籍で人を判断するの。なんで?

そもそも、インド系っていっても生まれた頃からタンザニアおる人もおればインドから引っ越して1年目の子もおるし、たしかにものすごいお金持ちが多いのは事実だけど奨学生でインド系の子もいるし、そんなん人それぞれ。たしかに中国企業の参入は激しいかもしんないけど、え、そこの工事現場で働いてんのどうみてもローカルの人やん。いやあんたかて見た目中国人みたいなもんやで。なんでそこで嫌がんの。おかしくない。

 

しかもさ、「中国人」ってまとめても、もしかしたらその人は華僑ではあるかもしんないけどアメリカで生まれ育ってるアメリカ人かもしんないじゃん。その人のアイデンティティーは、考え方は、どちらかというといわゆる「中国人」とはちがうかもしんないじゃん。

「こっちの人」っていうとき、なにをさしてんの?タンザニア国籍もってるっていっても経済面だけでもピンキリじゃん。大阪の人だってホームレスから大富豪までなんでもいるやん。

 

なんで、そんなに早く結論にたどりついてまうの。中国人は嫌いとか、そういうのが嫌い。なんで、個人個人、ケースバイケースでみれへんの?なんでgeneraliseすんの?

 

っていっても自分でもgeneraliseしてる時ある。なんで自分はこうしてんの?

 

2年前に比較文化っていう社会科の授業で文化相対主義っていうのを習いました。

全ての文化は優劣で比べるものではなく対等であるとし、ある社会の文化の洗練さはその外部の社会の尺度によって測ることはできないという倫理的な態度と、自文化の枠組みを相対化した上で、異文化の枠組みをその文化的事象が執り行われる相手側の価値観を理解し、その文化、社会のありのままの姿をよりよく理解しようとする方法論的態度」Wikipediaより。

簡単にいえば、みんな違ってみんないいんだから自分の考え方・文化が世界の中心だと思うな、ってことです。

 

そうなのに、それがわかってない人がいるよね。日本でも特にそうなのかも。よく、中国人はマナーが悪いとかいうじゃん。それってきっとそういう認識をどこかで見聞きして、そのbiasedな思考のまま実際にマナーの悪い中国人(もしかしたらそうじゃないアジア系の人かも)を見たときに、勝手に自分の中で組み立ててた仮説が実証されたと思い込んでるだけじゃない。

マナーの悪い人が中国人だったとして、その人個人がマナーが悪いんであって、「中国人=マナーが悪い」じゃないよ。十分条件と必要条件の違いをちゃんと認識できないの、ものすごく怖い。数1もできてへんゆうことやであんた。(ちょっとちゃう)

実際うちの学年の一番のイケメンとされてる人中国人やで。イケメンでミステリアスやで。めっちゃおとなしくて静かで、中国人といえばうるさいみたいなイメージあるけど、真逆やで。

そう、ケースバイケースなのです。generaliseなんてできないんです。

 

日本人だって一億七千万人全員がマナー良いわけじゃないやん。マナー悪い人やっておるやん。言ってることとやってることが矛盾するのであんまりこういうこと言いたくないけど、日本人の一部の人は、選民思考が強いような気がします。それがgeneralisationを生むのかな、なんなんだろう。

 

とくにこんなインターにいると、ハーフだったり出身国に一度も住んだことがなかったりする人も普通にいるし、簡単にgeneraliseしても反例がありすぎるんだと学びます。

まあそういうことや。私も日本人やけど、いわゆる「日本的」な価値観(ってなんなんやろ)をもってると思ってないし。

 

はーいみんなの大好き(知らんけど)Ted Talkタイム。これはまたもEnglish Lang and Litの宿題でみたやつ。こんときは、10 Best TED Talks on Storytelling | drew gneiserから一つ選んでみる、っていう宿題をしてたときにたまたま題名が私の気をひいたのでみたらめっちゃおもろかった。

とくに、international schoolに通ってて、そこはまるで小さな国連だった、一人一人がその国の代表のようにみられていた、っていうとこが好き。

そう、今私がいるのはそんなとこです。なーんちって。とってもおすすめ。


Elif Shafak: The politics of fiction

and here comes the senior year

2016年4月1日やって。

本の学校の学生証きれたわ。つ、ま、り、、、

そうです。高三です。senior yearです。最高学年です。はじまりはじまりです。

え、まじかよ、ついさっき中学入学したばっかやっていうのに…

 

もう気づけば、フォローしてる何個か上の卒業生のツイートに、就活の文字もちらほら。ひぇええ、え、ついこのあいだ不思議ウィークで目立ってた代やのに…

もう受験生。もう一年しかない。けっこう好きになってきたタンザニアおれんのはあと3ヶ月弱。大好きな高校におれんのはそっから2学期だけ。

だから、もう、なにも私を引き止めるものなんてない、ってな感じの勢いで、自分のやりたいことをとことんやっていくしかない。

これまでは、周りの目や自分の能力の限界を理由に挑戦することから逃げて、足踏みしてた。でも、そんなことに時間潰してるひまないなーって、ふと思いました。

そんな私の、残りの高校生活の目標は、、、(drum roll plz...)

どどーん。ずばり、「自分を好きになれる自分になる。」

 

I've always had such a severe self-esteem issues. 周りにどう思われるか気になる、英語に自信を持てない、自分より上なんてわんさかいる、バカにされる、そんなのが怖くて怖くて。結果は出てても、これは所詮努力。努力は実力に勝てない。って思ってまう。(まあそれは事実だと思います、時と場合によっては。)だから偏差値とか気になってまうし、そういった表面上の評価にすがりつきたくなる。そして周りをバカにする。のくせにそれはただの虚像でしかないとわかっているから自分が余計に嫌いになる。の繰り返し。

だから、自分に正直に生きたい。自分のやりたいことに突っ走りたい。最高学年だからこそ、他人の目なんて気にせずに。そしたら自分のやりたいことがもっと具体化するんじゃないかと。

あと、自分を好きになって、これまでの経験に自信を持って、それを周りに発信していきたい。(ウザがられない程度に)ネットの記事で読んだんだけど、マイノリティはマイノリティだからこそ、意見を発信しないといけない。他に言ってくれる人がいないわけだからね。ってなことを頭に、がんばりまっせ。

 

Introvert極めてる最近やけど、せっかくおもろい人らに囲まれてるんやしもっと交友関係も広めれたらなと!思うのです!私のコミュ力、can you handle this?

 

ギャグセン高めに、センスも高めに、ちょいヤンで自分らしくいきたいなと。

 

来年の今頃の私へのnote:

ティピカル大学生にはなるなよ、卒業した瞬間パーマあてて髪の毛を染めたかわからんぐらいの茶色に染めるだっさいだっさい子に、絶対なるなよ、、でも友達作れよ。まじで。死ぬぞ。

 

 

Safari-ing and 人類発祥の地。

今回は、いかにも「アフリカ!」な記事。

私、ついにタンザニアの誇る最大の観光業、サファリに行ってまいりました。

イースター休暇をつかって、2泊3日で二つのサファリに。

 

①Lake Manyara National Park

ここは、比較的小規模なサファリ。マニャラ湖という湖の半分とその周辺がどーーんと国立公園になっています。この湖がここに生息する動物たちのオアシスなんでしょうね。ここは、大地溝帯(Great Rift Valley)の底にある湖。

みなさん、大地溝帯って知っていますか?あまりポピュラーじゃないかもですね、、

実はここ、私たち人類発祥の地です。地溝、つまり、大地の割れ目です。火山活動により大地が割れ、乾燥し豊かな森林は草原に変わりました。木に登って外敵から身を守っていたお猿さんたちは、高い木がなくなり隠れる術をなくします。そこで、賢い猿さんは考えました、そうです、木から降りて直立二足歩行を始めたのです。

そんな大地溝帯を自分の目で見ることができて、本当に感動しました。しょうみ超どでかい割れ目。迫力に息を呑みました。

我々のいとこぐらいのおさるさんももう文明に慣れっこ。

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泊まったところはそれこそ大地溝帯の割れ目のはじぐらいで、標高が高くて普通に半袖ではさむかった。夜中・明け方は14度ぐらいだったかな。Darはいつも30度越え、どんだけあついねん。

 

②Ngorongoro Conservation Area

その次の日はンゴロンゴロへ。こちらも大平原。ですが、大地溝帯の底ではなく、巨大カルデラです。超雑にいうと、火山の噴火でボッコリ凹んで、真っ平らになってるとこ。周りは360度山に囲まれています。直径20キロの巨大なクレーター。ちなみに国立公園ではなく、特別保護区という位置付け。その違いは人間が住んでいいかどうか。ンゴロンゴロは動物を乱獲せず共生するマサイ族だけが居住を許されてるそうな。

こちらはさらに自然が豊かで、サファリのBig 5, ライオン・キリン・象…残りなにか忘れた、けどめっちゃ見れます。シマウマ、バッファロー、ガゼルうじゃうじゃいる。ほんま触れるぐらいの距離にいる。フラミンゴとかの鳥類もいますね。感動しますまじで。車で真ん中あたりにいけば、360度平原。真っ平ら。日本ではなかなかないですよね。いやほかの国でも。まじで感動の一言です。#語彙力のなさ

動物界の王・ライオンは1日に2時間しか狩りをしなくて、残りの22時間はただchillinな感じらしいです。やっぱあいつらただのでっかいネコや。それでも王でいられるなんて、うらやまぴー。

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こぼれ話:泊まったロッジに、夕飯を終えて部屋にもどると、ベットに湯たんぽが。うわんホスピタリティ。愛。

俺ら、もう受験生だってよ。

私の在籍している(籍だけ置いてる)日本の学校は、今日が終業式だったそうな。これから修学旅行があるからまだ高2やけど、それでももう高2の日々はおしまい。日本帰ったらもうofficially受験生です。こっっっわ。

 

この一年、早かったなあ。

春休みはひたすら塾をはしごして勉強してた。辛いけど、まあこんな日々をこれから2年続けるんやからそろそろ慣れないといけないんやろなあと思ってた。

そっからたまたま見つけたUSHSDに応募して、まさかのまさか、受かってもうた。そんでこれからどうなるんかなーみたいな時に、タンザニアへの引越しが決まった。びっくらぽん。

初めて東北に足を運んで、現地の人の被災体験を耳にした。心が痛んだ。身の安全を確保することの大切さを学んだ。

アジア学院と日本各地のNGO国連事務所で働く人に直接お話を伺う機会を持てた。その時は、そんな存在は遠い、理想の世界にしかなかった。いろんなことを考えた。

USHSDで、日本について発信する立場になった。自分がどれだけ日本について知らないか気付いた。悔しかった。でも、それをきっかけに日本について知らないと、って思うようになった。それと同時に、自分の常識と日本の常識との間にギャップを感じた。

タンザニアのインターへの受け入れが決まった。不安とワクワクが7:3ぐらいだったと思う。でもとりあえず残りの必修単位を終わらせなあかんし、って感じで秋学期を過ごした。

その時に履修していた、IB Historyの授業の面白さに惹かれた。歴史はただ教科書を読むだけじゃなくて、いろんな面からのアプローチをすることが大切なんだ、ということを初めて強く頭に刷り込まれた。授業の質はそこまでだったけれど、この学びのあり方が好きだ、と思った。

時はもう11月に近づいた。いろんな人に手紙・応援の言葉・LINE・スカイプをしてもらった。私は基本そこまで他人に興味ない薄情者なのに、どれだけの人に支えられているのか気付いた。心が動いた。頑張らないと、と思った。

そして、旅立ちの日。

次の日から学校が始まった。なにが起きているのかもあまりわからない時差ぼけの頭のまま、そこそこの歓迎?を受けた。このコミュニティの温かさに感激した。自分が前の学校でどれほど人に冷たかったか反省した。

新しい情報がどんどん頭に入ってきた。情報の洪水。処理しきれないこともしばしばあったかな、最初のうちは。

言語の壁にも苦戦した。アメリカにいた小3の頃から英語ではそんなに自信を持って話せないタチなので、友達作りにも苦戦。勉強するにも、IBで求められる能力と日本で求められていた能力の違いに苦戦した。あれ、日本やったら私こんな科目余裕でクリアできんのに、なにこの問題。理系じゃないけど理系科目そこまでできないわけじゃないことにほんまに感謝。

でも、いろんなことを吸収したと思う、この4ヶ月。日本から遠く離れた、真反対の環境だからこそ、自分の中でその違いを勝手に分析していた。このdiverseな環境が好きになった。日々新しい発見があった。友達の宗教のritualだったり、しゃべる言語だったり、経験だったり。日本にいたら確実に得られないと思う。これが本当のglobal awarenessの高め方。そう思った。あ、ここにきて良かった、これは私のこれからの人生のmindsetを変えてくれる経験になるんだ、そう悟った。

そんなこんなで今に至るかな。

この一年、私のかわいそうな頭と心と体はフル活用されてたと思う。ストレスを感じてないと思っているのに、目に見えて食欲と体重が減ったりした。勉強して毎日3時寝なんていう週もあった。出国前は、熱っぽいのを無視して気力で乗り越えた。

 

そんな一年でした。

うっわあドラマチックに意識高い系気取ってるわあ自分、きもっ

でも、やっぱり今年一番の達成は、眉毛が綺麗に整えられるようになったことと一人スタバできるようになったこと。いやこれまじででかいから。

 

来年の今頃は、もう高校も卒業してるんか。ついに親元を離れるんか。わーお。むりでーす。

命の尊さ、って?

私は葬式というものにも行った事がないし、身近な人の死を体験した事が幸いまだないです。曽祖母が何年か前に亡くなりましたが、一度も会った事もありませんでした。だから、「死」というものの存在がいまいちよくわからない。ピンとこない、って云うのが本音。

 

一週間前に、学校の宿泊学習でここダルエスサラームから車で数時間のモロゴロというところに3泊しました。二人部屋のホテル泊で、私のルームメイトは授業が結構被ってるタンザニア人の奨学生の子。うちの学校はやはりインター学費が200万をゆうに超えるわけですが、IB diplomaのための奨学金があり、11/12年の間は5人だけ地元の子を無料で通わせてくれる制度があります。しかもここは一応この国のトップの学校なので、その子に聞くと地元ではまさにドリームスクールという位置付けなそうな。え、全然知らんかった。

その子は去年まで北部のムワンザというところのボーディングスクールに通ってたそうな。妹と一緒にいたそうですが、奨学金に受かったのでこっちに引っ越してきたらしい。そんなわけで彼女の妹には彼氏がいたんだそうですが、今は離れ離れ。遠距離恋愛ってわけですね。

 

そして、その妹の彼氏が、なんと亡くなったそう。

少し前に足か腕を怪我して、でも「大丈夫大丈夫」っていって痛むのを放置していたら、手遅れになったとか。大きな病院で手術しても間に合わなかったそうな。ものすごく簡単にいうと、医療が整ってないから、とも言えるわけ。

それを知って、妹ちゃんは可哀相に夜な夜な大泣きしている、と。

 

その話を聞いて、私はとてもショッキングだなと思いましたが、それ以前に、彼女のその話を語る口調が、ものすごく淡々としているのがものすごく引っかかりました。

そうか、きっと彼女にとって、死は身近な存在なんだ。

聞かなくても、それが伝わった。

 

それが、なんだか異様なまでにironicでした。私は先進国出身で、なんでも揃ってる。医療もトップレベルで、まさか同世代の子の死なんて、そんなに頻繁に起こりませんよね。

でも、ここはそうじゃないんだ。何ヶ月か前に、エレメンタリーの子が食中毒で亡くなったと聞きました。生物の時間に、細胞の表面積と体積の比について話してて、なぜステーキはレアでも食べれるのか、みたいな話の時に、ふっと。みんなも知ってるみたいで、割と軽くスルー。

え、そうなの、そんなに簡単なの。人の命だよ。

 

そして、親から聞いたのですが、数日前に日本人の方が強盗にあって亡くなられたそう。一度もあった事ない方ですが、母はすこし動揺していました。まあ日本の感覚でいうとそうですよね。

 

でも、これって皮肉じゃないですか。一度も会った事ないけど「日本人」ってだけでものすごく親近感を感じて敏感に反応してしまうティピカル日本人と、妹の彼氏っていう、実際にあったこともあるものすごく身近な存在なのに死に対してあまり抵抗感がないような振る舞いの地元の子。

 

ここでいいたいのは、日本人が偉いとかタンザニア人がだめとかそんな薄っぺらいことじゃないです。きっとそれはその子の性格とかもあるんで簡単に一般化できないしそういうステレオタイプがものすごく嫌いなんで。

私がいいたいのは、きっと医療は人の命の尊さや価値をより重く感じさせるんじゃないでしょうか。それが果たしていいことなのか、悪いことなのかは私にはわかりません。どちらがあるべき姿なんでしょうね。