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ちょっと自己紹介でも。

どうも、ブログ始めました。まずは始めた目的からサラッと行きましょう。

 ブログを始めたのは、別に誰かに読んでもらいたいってわけじゃなくて、ただ自分の記録としてオンラインに残しておきたかったんです。まあなかなか変わったことやってる方だとは自負しているので、もしどこかのだれかにこれを読んで楽しんで頂ければ一石二鳥かな、と。

なんでまたこんなタイミングで? いや、ごもっとも。まあそれは私の経歴とかから話していけばわかってくださるかな、と思います。

大阪生まれ、大阪育ち。現在17歳、高校2年、性別は女。ごく普通の一般家庭で育ちました。普通ってなんやねん、って感じやけど、まあその辺の公立の学校に通って、ってニュアンスです。小学校低学年の頃は、本当に引っ込み思案で、クラスで手を挙げるだけでも心臓飛び出そうな勢いになってたのを覚えています。友達も決して多い方ではなく、まあ「影の薄い子」でした。今でもそうなのかもしんないけど。

そんな私の人生の最初の大きな転機は、小学三年の夏でした。父のアメリカ転勤です。引っ越し先はド田舎で、私の通っていた小学校は日本人が全校で2人しかいませんでした。もちろん、英語なんて喋れませんでしたから、最初はそんなに楽しくなかったでしょうね。でも、小学三年です。人間関係で悩むという概念すら私には無かったし、そもそも無口なほうだったので、精神的な辛さとか、ほとんどありませんでした。成績を気にする必要もなかったし。日本人が少なかったことが幸いして、一年経ったら兄との日常会話に英語が混じるくらいには喋れるようになりました。

そんなときに告げられた、突然の帰国。 もともとは「3年、長くて5年」、って言われて行ったのに、なぜか1年で戻ることになってしまいました。たしか親から聞いたのは夏休みに入った後で、もちろんその頃はケータイなんて持ってませんから、アメリカの友達には伝える手段も無く日本に帰ってきました。そして以前通っていた公立小学校に戻りました。塾に通ったり、帰国子女用の英語教室に通ったりしながら、楽しく過ごしていたと思います。

そして、今通っている高校の中等部に入学しました。だいたいクラスの三分の一かそれ以上は帰国子女だったり、ハーフだったりする変わったところです。授業も独特で、英語はビシバシしごかれたし、英語以外の授業も英語で受けたりします。一言で言うなら、インターナショナルスクールに限りなく近い、日本の学校、って感じですかね。そうして、中一から高二の現在に至るまで、日常的に日本語と英語が飛び交って、時々違う言語も聞こえてきて、肌の色や国籍もごちゃまぜで、校則に縛られたことも、敬語を使ったこともほとんどない、みたいな不思議な環境で育ってきました。

そして今年の春、また転機が訪れました。

「パパ、タンザニアに転勤決まったよ。」

タンザニア。地図で指せ、って言われて、指せる人、あなたに賞状送ります。(嘘)東アフリカの、ケニアの南に位置する国です。キリマンジャロのあるところ、ぐらい知っていたら合格点です。

それを聞いて、衝撃が走ると同時に、なぜか私は冷静で、「じゃあ、インター…?」と親に言いながら、わけもわからず涙が止まりませんでした。もちろん親は単身赴任のつもりで、ものすごく驚かれました。まあそんなこんなで、(またこんど詳しく書きます)それから三カ月、タンザニアダルエスサラームというところのインターナショナルスクールに、受け入れが決まりました。

まあ、そういうわけです。最近になって、普通の高校でもAFSとかでアメリカやカナダに留学する人は頻繁に耳にしますが、さすがに高校でアフリカに行く奴はそんなにいないだろ、っていう魂胆です。留学のことだけ書くわけではないと思いますが、楽しんでいただければ幸いです。