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Obstacles.

こんどはアフリカ行きを決めたプロセスのお話でも。

そこには、障壁がたっっくさん。茨の道でしたね。

その①:親の反対。

まず、母親にめちゃくちゃ反対されました。笑 高校生の女の子が行くとこじゃない、治安も良くないし、危なすぎる、って。しょっちゅう喧嘩してました。インターに行くには親の同伴も必須条件なので、私が行きたいっていう気持ちだけじゃなくて、親にも付いて来てもらわないといけないし。

これは、説得と生まれ持った頑固さで乗り切りました。兄の応援もあって、最終的には折れてくれました。

 

その②:進路のこと。

前にも書いたと思いますが、私は国立志望でした。高1のころからどうしてもその大学に行きたくて、周りはほとんど塾なんて行かない中予備校に通ってました。自習を含めると、週6で行ってた時期もあったかな。それぐらい、dedicatedだったわけです。

なんでかというと、その学校が好きだった、っていうのもありますが、私の学校は7割近くが推薦・AOで私立にいくので、それに反抗したかったのかもしれません。うちの学校からだって、国立いけるもん、そう証明したかったのかもしれません。

結構本気で目指してたぶん、諦めるのは身を切る思いでした。せっかく一人で頑張ってきたのに。「勉強しかしてないじゃん」「どうせあんたは無理」誰に何を言われても、塾の制度に疑問を感じても、何度泣いても、貫いてきた夢。いまだにしこりが残っている気分です。

でも、私は自分に言い聞かせました。「浪人はできるけど、アフリカにいけるのは今しかない。これは現役で大学に行くより、長期的な視線でみれば、はるかに私を伸ばしてくれる。」そういうことです。

 

その③:インターへのApplication。

決断を下してからも、大変だったのはこれです。うちの学校はインターに転校になる生徒も多く、先生方が慣れていて、とても助かりました。しかし、うちの親はあまり英語ができないので、結構時間がかかりましたね。書かなければならない膨大な書類。面倒な海外への送金(送り先がタンザニアじゃなくて北米だったぶん、銀行の方のほうで少し行き違いが生じたようです)。そして、テスト。テスト期間でただでさえ大変なのに、放課後も英語で数学のテストを受けたり。向こうの学校とのメールでのやりとりは、やはり明確でない部分も多く、本当に大変でした。先生方の助けがなかったら、どんな惨事になっていたことか…

 

その④:予防接種。

アメリカへ行った時も、学校側から受けなければならないものを指定され、かなりの本数を打ちましたが、場所が場所なだけに、自分を守るための注射も何本も打たなければならず、本当に大変です。(現在進行形)しかも、日本ではかかることのないようなもの(腸チフス・狂犬病・髄膜炎…)や、それを打ったらその後一定期間は他の注射を打てないものなどもあり、かなり時間がかかります。しかも保険適応外なので、総額8万ぐらいしたらしいです。途上国へ行く方はご参考に。全部打ち終わるのは、10月の予定。はあ…。

 

これはごく一部で、もっともっとあります。大変です。一週間で3kgぐらい痩せましたよ。まあ、ストレスで痩せやすい体質なんですけどね。

ここまでくるのは大変でした。これからもさらに茨の道を歩んでいきます。でも、決して後悔はしていません。いやあ、You only live onceですよ。

As Mark Twain says, "Why not go out on a limb? That's where the fruit is."