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命の尊さ、って?

私は葬式というものにも行った事がないし、身近な人の死を体験した事が幸いまだないです。曽祖母が何年か前に亡くなりましたが、一度も会った事もありませんでした。だから、「死」というものの存在がいまいちよくわからない。ピンとこない、って云うのが本音。

 

一週間前に、学校の宿泊学習でここダルエスサラームから車で数時間のモロゴロというところに3泊しました。二人部屋のホテル泊で、私のルームメイトは授業が結構被ってるタンザニア人の奨学生の子。うちの学校はやはりインター学費が200万をゆうに超えるわけですが、IB diplomaのための奨学金があり、11/12年の間は5人だけ地元の子を無料で通わせてくれる制度があります。しかもここは一応この国のトップの学校なので、その子に聞くと地元ではまさにドリームスクールという位置付けなそうな。え、全然知らんかった。

その子は去年まで北部のムワンザというところのボーディングスクールに通ってたそうな。妹と一緒にいたそうですが、奨学金に受かったのでこっちに引っ越してきたらしい。そんなわけで彼女の妹には彼氏がいたんだそうですが、今は離れ離れ。遠距離恋愛ってわけですね。

 

そして、その妹の彼氏が、なんと亡くなったそう。

少し前に足か腕を怪我して、でも「大丈夫大丈夫」っていって痛むのを放置していたら、手遅れになったとか。大きな病院で手術しても間に合わなかったそうな。ものすごく簡単にいうと、医療が整ってないから、とも言えるわけ。

それを知って、妹ちゃんは可哀相に夜な夜な大泣きしている、と。

 

その話を聞いて、私はとてもショッキングだなと思いましたが、それ以前に、彼女のその話を語る口調が、ものすごく淡々としているのがものすごく引っかかりました。

そうか、きっと彼女にとって、死は身近な存在なんだ。

聞かなくても、それが伝わった。

 

それが、なんだか異様なまでにironicでした。私は先進国出身で、なんでも揃ってる。医療もトップレベルで、まさか同世代の子の死なんて、そんなに頻繁に起こりませんよね。

でも、ここはそうじゃないんだ。何ヶ月か前に、エレメンタリーの子が食中毒で亡くなったと聞きました。生物の時間に、細胞の表面積と体積の比について話してて、なぜステーキはレアでも食べれるのか、みたいな話の時に、ふっと。みんなも知ってるみたいで、割と軽くスルー。

え、そうなの、そんなに簡単なの。人の命だよ。

 

そして、親から聞いたのですが、数日前に日本人の方が強盗にあって亡くなられたそう。一度もあった事ない方ですが、母はすこし動揺していました。まあ日本の感覚でいうとそうですよね。

 

でも、これって皮肉じゃないですか。一度も会った事ないけど「日本人」ってだけでものすごく親近感を感じて敏感に反応してしまうティピカル日本人と、妹の彼氏っていう、実際にあったこともあるものすごく身近な存在なのに死に対してあまり抵抗感がないような振る舞いの地元の子。

 

ここでいいたいのは、日本人が偉いとかタンザニア人がだめとかそんな薄っぺらいことじゃないです。きっとそれはその子の性格とかもあるんで簡単に一般化できないしそういうステレオタイプがものすごく嫌いなんで。

私がいいたいのは、きっと医療は人の命の尊さや価値をより重く感じさせるんじゃないでしょうか。それが果たしていいことなのか、悪いことなのかは私にはわかりません。どちらがあるべき姿なんでしょうね。